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2006年3月28日 (火)

あいつ

 信号待ちをしている私の目の前を鮮やかなブルーのSUBARUインプレッサが駆け抜ける。
 車種は違うが、ブルーのSUBARUを見る度に私はいつも、あいつの事を思い出す。
 
 あいつは、最初に就職した会社の同期生五人の中で一番気が合う奴だった。
 あの頃は同じ社員寮に寝起きをし、週末になると同期生みんなで誰かの部屋へ酒を持ち寄り夜明けまで話しをしていた。
 寮に住んでいる社員の男女比は1対10。圧倒的に女子社員が多かったので、話題は当然の如く女と車だった。
 だが、まだ彼女が居ない私とあいつは皆の話について行けず、男の優しさとは何か、男らしく生きるとはどういう事か、そんな事を半ば当てつけ気味にヤケクソで話していた。
 車好きのあいつは、月末になるとレンタカーを借りて私達をドライブに誘った。あいつのお気に入りは、ブルーのSUBARUレオーネクーペ。
 夜中に突然思い立って、みんなで馬鹿話をしながら、あてもなく遠くまで走った。ただそれだけで楽しかった。

「最近、無断欠勤が多いのだが……」
 あいつの上司に呼ばれた。
「君は、仲が良いらしいから何か知っているのではないかね?」
「彼女が出来て変わったんです、あいつ」
 彼女とデートの日は翌朝まで帰らず、そのまま仕事にも行かない。
「あー、そう言う事か」
 その一言で上司は全てを納得した。
「私からも言っておくが、君からも注意してやってくれ。このままでは会社にいる事が出来なくなるからね」
 そんな事は言われるまでもない。私だけでなく同期生の誰もがこれまで何度も注意した。このままではダメになるぞと。しかし、彼女に夢中のあいつには何も聞こえていなかった。

 別れは突然に訪れた。
 久しぶりに私の部屋を訪ねてきたあいつが、私の名前で1日だけレンタカーを借りて欲しいと言った。
 何故自分で借りないのかと聞いたら、何度も事故を起こしたので貸してくれなくなったと言った。迷惑は掛けないから頼むと言ったが、果たしてどうだか。
 しかし、私はブルーのレオーネクーペ最上級モデルGSRを借りて約束の場所に持って行った。
 そこには、初めて見るあいつの彼女がいた。
 同じ社員だが、女子社員の数は約1000名。まだその半分以上は顔も見た事がない。

「スミマセン、ご迷惑をおかけします」
 彼女は私に向かって丁寧に頭を下げた。
 是までの経緯から、男好きのあばずれ女に違いないという私の想像は外れていた。あいつの彼女は小柄で、田舎から出てきたばかりの様に純朴そうに見えた。
「いえ、いいんです」
 会ったら嫌味の一つでも言ってやろうと思っていたのを忘れていた。

 あいつは、まるで壊れ物を扱うように優しく彼女を助手席に座らせると、そっとドアを閉めた。
「無理言って悪かったな、帰ったらこの埋め合わせはするから」
「しなくてもイイから、事故るなよ」
「すまん」


 だが、翌日になってもあいつは帰ってこなかった。

 四日後、会社から捜索願を受けた警察が大阪にいる二人を見つけた。大阪には彼女の姉が住んでいた。彼女は妊娠していた。それを会社に知られるのが怖くなり二人で逃げ出したらしい。

 私の部屋へ謝りに来たあいつは、終始俯いていた。
「迷惑を掛けてスマン」
 その時だけ顔を上げて言うと、又俯向いた。
「大阪へ逃げてどうするつもりだったんだ」
「別に、逃げるつもりじゃなかったさ。あいつの姉さんに相談しに行ったんだども……怒られるのが怖くて直ぐには会いに行けなんだ」
「その間、何処にいたんだよ」
「ずっとホテルにいた。彼女貯金を全部降ろしてたから、金、あったんだ」
「だったら、いっそのこと責任取って結婚しちまえばよかったんだ」
「今のおらの給料じゃ、とても食わせていけないさ」
「そうかな、二人にやる気があれば何とかなると思うがな」
「相変わらず熱いなお前は。今のおらには子供なんて、チョット……」
「で、これからどうするんだ」
「取りあえず、田舎へ帰ろうと思っている。オヤジも帰ってこいとウルサイし」
「オヤジさん、何の仕事やっているんだ」
「オヤジ? オヤジは中気で寝たきりだ」
「……」
 あいつが、給料の殆どを田舎に仕送りしていた事を、その時初めて知った。それでは結婚して自分の家庭を持つ事は無理に違いない。車はあいつのたった一つの息抜きだったのだ。私は偉そうな事を言った自分が恥ずかしくなり、その後はもう何も言えなくなった。

 結局、彼女は中絶手術をして両親に引き取られ郷里に帰った。あいつも解雇処分になった。

 三日後、田舎へ帰るあいつを見送りに駅まで行った。平日の昼間なのでホームに人影は疎らだった。あいつは隅のベンチにポツンと一人で座っていた。私の他には誰も来ていなかった。
「来てくれたんだ。仕事は大丈夫なのか?」
 嬉しそうなあいつの顔を見ながら、返事代わりに笑ってみせた。
 
「ここに来てからずっと、この街がイイとこだとは一度も思わなんだども、これでオサラバだと思うと、何だか寂しいな」
「色々面白かったからな」
「ああ、最高に面白かった」
 ホームで列車を待つ間、私たちはヘラヘラと笑いながら思い出話をしていたが、列車の到着時刻が近づくにつれて段々と口数が減ってきた。
「お前には迷惑かけたども、何の埋め合わせも出来なんだな」
「埋め合わせなら、これから自分にしろよ」
 その後は、二人とも無言で足元を見ていた。
 列車がホームに入ってきた。
 あいつはチョッと片手を上げ、じゃあなと言って列車に乗り込んだ。
「もう2度と会えねえども、くれぐれも身体には気をつけて元気でやってくれや」
 ヘラヘラと笑いながらあいつが言った。
「それは、俺のセリフだ」
 ヘラヘラと笑いながら私は答えた。
 発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。
 あいつが何か言っているが、もう聞こえない。
 走り始めた列車に付いて一緒に走った。

 ドアのガラス越しに見えるあいつは、ヘラヘラと笑いながら泣いていた。


-さらば友よ- 森進一 1974

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