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2006年4月 2日 (日)

優しい幽霊1

 今から20年ほど前の事です。

 ある事情でそれまで勤めていた会社を辞め、東京に住む兄の仕事を手伝うことになりました。勤めていた会社の社長は三十歳になったばかり、社員も十代後半から二十代の前半の若い連中で、楽しい雰囲気の会社でした。その主業務は服地の販売でしたが、それとは別に三軒の中華料理店を経営していて、私は大手スーパーにテナントとして入っていた店舗を任されていました。

 住んでいたアパートの契約は会社を辞める二週間前で終了するので、再契約するのも馬鹿らしいから、社長の進言で取り敢えずはアパートを引き払って会社に寝泊まりし、そこから店に通う事にしました。
 会社は、拡張した服地販売部門の業績が急激に伸びて社員も増えたので、今まで借りていた倉庫兼作業場が手狭になり、私が通うスーパーの近くにある、閉鎖した大きな紡績工場跡を借りて倉庫代わりにしていました。個人経営の工場ですが広い敷地には工場の他に事務所と女子寮があって、東京に行くまではその女子寮で寝泊まりする事になったのです。

 今にも崩れそうな古い木造2階建ての女子寮は、事務所裏の広い中庭の奥に建っていました。
 全部で20ある部屋は長らく無人だったのでどの部屋も荒れ放題。特に1階は天井が剥がれていて、とても人が住める状態ではありませんでした。2階に上がると日当たりがよい所為か1階ほど荒れてはいないので、事務所に近い西側の部屋にラジカセとバッグ1つだけの荷物を置いて、そこを使う事にしました。
 天井に設置された蛍光灯の蛍光管が全部取り外してあったので、Sさんが事務所に一本だけあった予備の蛍光管を取り付けてくれました。部屋の広さは12畳ほどだったので蛍光管一つでは隅の方が微昏いのですが、夜になったら寝るだけなので是で充分です。

 その日の夜、服地の仕事をしている先輩社員のMさんや後輩社員のK、Uら数人が部屋へビールと乾き物を持参してくれ、引越祝いと称して飲み会を始めました。
 クーラーなど付いていないので窓を全部開け放ち、窓際には蚊が入ってこないように蚊取り線香を沢山並べてあります。
「いやー、こんな所に1人でよく寝れますね。感心しちゃいますよ、怖くないですか?」と、後輩のK。
「何で?」
「夜になると何か出そうじゃないですか」
「何かって幽霊? ンなモン居ないって」
「だけどウチの会社、見事に女っ気ないッスから、可愛い女の子の幽霊だったら出てきてお酌して貰いたいッスね。ここ女子寮だから」
「いやいや、昔の女子寮だからな、出たとしても今はもうバアさんだろう」と、M先輩。
「それだけは勘弁して欲しいッスねー」
「いや、幽霊は歳取らないから若くて綺麗でしょう」
「そう言えば、綺麗な幽霊って話はよく聞くけど、ブスな幽霊って聞いたことないよな」
「ブスな幽霊が出てきたら、怖くなる前に笑っちゃいますよね」
「だから、幽霊なんて居ないって言ってるだろう」

 この後に起こることをまだ知らない時だったので、そんな冗談を言いながらワイワイガヤガヤと飲んでいました。

 飲み過ぎてウトウトとしている内に、いつしか社員達は1人2人と帰っていき、やがて気が付いたら部屋には私1人だけになっていました。
 服地の出荷時は沢山の社員が夜遅くまで仕事をしていて、誰かが工場にいるのですが、今日は広い敷地内にいるのは私だけです。

 寝る前に窓を閉めようと窓際に行き、何気なく下を見ると昏い中庭に誰か立っているのが見えました。
 あれ? まだ社員が残っていたのだろうか? と思いながら手を振ると人影は無言でこちらへやって来て、カンカンと外階段を登ってくる足音がしました。

 しかし、誰も部屋に入って来ません。

 あれ、どうしたんだろう?

 不思議に思い部屋のドアを開けると、昏い廊下には誰も居ません。
 何処へ行ったのだろうと外階段から下へ降りてみましたが、広い中庭にも人影らしきものは見あたりません。
 変だなと思い、戻ろうと振り返ってハッとしました。

 部屋の明かりが消えて真っ暗になっているのです。

 窓際に並べて置いた蚊取り線香の赤い小さな光だけが微かに見えるだけです。

 

 部屋を出る時に、電灯のスイッチを切った記憶はありません。

 その時、帰っていった後輩社員達の顔が頭に浮かびました。
 帰ったフリをした後輩社員の連中、実はコッソリ戻っていて、1人でいる私を脅かそうとしているのではないか?
 馬鹿な事が大好きな奴らだから有り得る事です。
 だとしたら、せっかくだからココは脅かされてやるか。
 私はワザと大きな足音を立てながら2階の部屋に戻りました。

 部屋に戻ると、ドアの横にある電灯のスイッチはONになっていました。蛍光灯の下へ行き、下がっているスイッチの紐を引くと小さなパイロットランプが点灯します。やはりスイッチはONになったままだと言う事です。
 変だなと思いながら紐を2度引くと、チラチラと蛍光灯が点滅して部屋の中がパッと明るくなりました。
 部屋には誰も居ません。
 あれ? アイツらじゃなかったのか。押入れに隠れているのだろうか、と中を覗いても、カビ臭い匂いがするだけで中は空っぽです

 暫くすると廊下で人の気配がしました。
 あれ? まだ部屋に入っていなかったのかよ。
 人の気配は部屋の前で止まり、カチャッと小さな音がしました。誰かが後ろにいる気配はあるのですがしかし、そのままです。

 実際は数秒だったと思うのですが、可成り長い時間が経った気がして、痺れを切らした私は、そっと後ろを振り返って見ました。

 

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