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2007年12月28日 (金)

期末テストのXmasプレゼント

 ※この記事はクリスマス用に書いていたのですがウッカリ掲載を忘れ、時期外れになってしまいました。時代は昭和40年代、期末テストが終われば中学生最後の冬休みです。相変わらずの過去譚で恐縮ですm(_ _)m

 期末テスト最終日の朝は、今にも雪が降ってきそうな鉛色の暗い空だった。この日も、親友の大竹が迎えに来て何時もの様に二人で登校した。
 途中で、ジングルベルを賑やかに流しながら走る、衣料品店ムサシ屋の宣伝カーと擦れ違う。
 そうか、もうすぐクリスマスだ。

「ムサシ屋の赤パンツ♪安くて薄くてよく伸びる~♪ヘイ! ジングルベ〜ル♪」
 ジングルベルの曲に合わせて、この土地では知らぬ者が居ない替え歌を歌っていた大竹が突然立ち止まった。
「ムサシ屋はクリスマスっちゃあ毎年毎年馬鹿ン一つ覚えでジングルベルしか流さんばってん、店長は他の曲ば知らっさんとやろ。お前何か違う曲ば教えてやらんね」
「そやん言われたっちゃ、オレも【赤鼻のトナカイ】と【聖しこの夜】くらいしか思い浮かばん」
「なんね、そんならオレでちゃ知っとるばい。そぎゃんじゃなくて誰ぃも知らんヨカ曲たい」
「誰ぃも知らんもんはオレでちゃ知らんて。そぎゃんヨカ曲ん有るとならオレが教えてもらいたか。そやんかこつはよかけん、急ごうて、予習始るばい」
「おお、そうたいね。予習に遅れたら、大熊にがらるっけんね」

標準語訳
「ムサシ屋はクリスマスっちゃあ毎年毎年馬鹿の一つ覚えでジングルベルしか流さんけど、店長は他の曲を知らんのだろう。お前何か違う曲を教えてやれよ」
「そんな事言われても、オレだって【赤鼻のトナカイ】と【聖しこの夜】くらいしか思い浮かばねえよ」
「何だよ、そんならオレだって知ってるよ。じゃなくって、誰も知らねえメッチャいい曲だよ」
「誰も知らないものをオレが知ってる訳ねーだろうが。そんなにいい曲が有ったら、オレが教えて貰いたいよ。ンなことはいいから、早く行こうぜ予習が始まるぞ」
「お、そうだな。予習に遅れたら大熊に怒鳴られるからな」


 テストで高得点を取る事を端から諦めている二人にとって、今迄はテスト勉強なんて全く無縁の事だった。が、今回は特別な訳があった。

 オレ達のクラス担任は五十嵐という英語が担当の男性教師で、もうすぐ三十歳になろうかというのにまだ独身。だが、結婚相手が居ないわけではない。
 女子が言うには「同性としてチョット憧れる」
 男子から見ると「美女と野獣の取り合わせ」
 の国語担当の石田先生と長期恋愛中なのは校内では周知の事実だった。噂では、本当は二人は5年前に結婚する筈だったが、五十嵐のご両親が相次いで亡くなったり、石田先生のお母さんが大病を患い入院したりして、結婚する事が出来なかったらしい。
 他クラスの口の悪い連中が、五十嵐がインポだから石田は結婚しないんだとか、石田はそんな五十嵐を捨てて、とっくに別の男と付き合っているらしい、とか真しやかに口にするのを聞く度にクラスの誰もが躍起になって否定していた。なぜならクラスの皆、質実剛健を絵に描いたような五十嵐が大好きだったからだ。そして、そんな五十嵐を選んだ石田先生も。
 その二人が、やっと結婚することになった。
 ホームルームの後で五十嵐は、これまで噂でしか聞いたことがなかった石田先生との事をオレ達にちゃんと話してくれた。だから結婚式の日取りを聞いた時、女子の中には感激して涙ぐんでいる者も居た。
 その日、久しぶりに放課後会が開かれた。

 新学年になって直ぐの頃。クラスのA君が他のクラスの生徒にカツあげされているらしいと噂になった時、本名は小隈だがクラスで一番身体が大きいので大熊と渾名されている学級委員長の呼びかけで放課後に全員が集まり、A君から話しを訊いた。最初は中々認めなかったが、それが事実だと判ると、直ぐにカツあげした他クラスの生徒を教室に呼んで直談判し二度とやらせない事にした。こんな事が出来たのは、この地域では番長格の室田が同じクラスに居たからだろう。それ以来、何か問題事があった時は放課後にクラスの全員が集まり、それを放課後会と称して皆で話し合うことで解決していた。

 しかし、今回の放課後会は問題事ではなく、クラスで何か結婚祝いをあげてはどうか、という話し合いだ。
 当然、全員一致で賛成。
 だが、それを何にするかで男子と女子の意見は真っ二つに分かれた。
 男子は、「五十嵐はコーヒー好きなので、皆で少しずつお金を出し合ってペアのコーヒーカップを買い、それに寄せ書きを添えて渡す」という大熊の意見に、全員が賛成した。
 それに対し女子は、様々な苦難を乗り越え、ようやく結ばれた二人に、軽々しくお金で買ったモノをあげるなんて絶対にダメだと言い張った。女子にとって二人はメロドラマの主人公に見えているらしい。だから、簡単に手に入るモノではなく自分たちで努力して手に入れたモノをあげたいと言う。
 お金を出したくないから、そんな事を言うのだろうと男子が揶揄し、努力して手に入るモノって何だ? と女子に聞いても、先生が本当に喜んでくれるモノというだけで具体的な答えが出ない。
 その時、それまで話しに加わらず離れて座っていた室田がポツンと言った。
「試験の成績が上がったら先生は喜ぶだろうな」
 今はそんな話しをしているのではないと皆がブーイングをあげる中、
「それよ!」と副学級委員長の井上さつきが声を上げる。
 自慢じゃないが、我がクラスの試験成績はいつも、10クラスある学年中で下位を維持していた。
「だから学期末試験でトップを取り、それをお祝いとしてあげる」
 井上はとんでも無い事を言い出した。
 うちのクラスが学年トップを取るなんて、クラス全員が死ぬほど努力しなければ不可能だろう。いや、それでもダメかも知れない。
「だからやるのよ! だから意味があるのよ!」
 井上は立ち上がって力説する。私達があげるプレゼントがお金を出して買ったものだったら、先生はきっとこう言うわ「君達はまだ学生なんだから余計な気を使わなくていいんだよ」と。だけど私達は、気を使ってプレゼントをあげるんじゃないでしょう? 先生の結婚が嬉しいという思いを伝えたいからあげるんだよね。だったら、品物でなくても……。井上の言葉に女子の目がキラキラと輝く。
 まさかと思った男子も井上の話を聞いている内に段々目が輝きだし、あれよあれよという間に、期末試験で学年トップの成績を取る事がお祝いと決まってしまった。
 世の中には、どうあがいても止められない流れと言うものがあって、戦争が始まる時もきっとこんな感じなんだろうなと、その時黒板を見ながらぼんやりと思った。
「よし、そうと決まったら計画を立てるぞ。特に二人の担当科目の英語と国語は全員満点を目指す!」
 大熊までもが、己の意見は無かった事にして無茶苦茶な事を言い出した。
 早速、クラス全員を成績順にグループ分けし、得意科目を持つ者がそれを不得意とする者に教える方法で、休憩時間や放課後に勉強会を開く事になった。試験が終わるまでクラブ活動も休みだったので、時間は充分に有った。
 始める前は勉強会なんて嫌だと思った。しかし始めてみると、横に座った憧れの人に、肩を寄せるようにして苦手だった数学を優しく教えて貰い、頬にかかる息にドキドキして、実はすごく楽しかった。勉強が楽しいと思ったのはこの時だけだった。

 その期末テストも今日で終わる。最終科目は国語だ。全員の顔に緊張感が漂っている。
 始業ベルが鳴る前に
「よっしゃ、最後やけん気合いば入れていくぞ!」
 大熊が声を掛けた。
 皆無言で頷き、それに応える。全科目高得点は到底無理だが、この科目と英語だけは絶対に高得点を取るとクラス全員で誓った。
  緊張感が更に高まり、教室内は水を打った様に静まりかえった。

 だが、始業ベルと同時に教室に入ってきたのは担任の五十嵐だった。試験の時に担任が自分の教室を見る事など今まで一度もなかった。
「なんで?」「どうして?」
 教室内が俄に騒ついた。
 騒ついた理由はもう一つあった。五十嵐は試験問題と一緒にスーツケースの様なモノを重そうに提げてた。
「あれは何?」
 井上さつきが隣の席から訊いてきた。

Sony01   Sony02

 五十嵐が提げていたのは、ソニーのTC-777
 通称スリーセブンと称ばれたオープンリールのテープレコーダーだ。
 この学校には過ぎたる備品だが、価値を知らない馬鹿どもが体育祭や文化祭で乱暴に扱うので、アルミダイキャストのカバーは傷だらけになっていた。五十嵐はそれを教員机の上に、いやー重かったと言いながら置いた。
「それ、試験に使うんですか?」
 誰かが訊いた。
 五十嵐はニヤリと笑う。
「いや。これは……まあ、後のお楽しみだ。さあ問題を配れ」
 五十嵐の声で、最後のテストが始まった。 

 いつもなら最後の最後まで粘って答案を書き、それでも未だ書き終わらない者が半数以上居るのに、正解しているかは別にして、今回の期末テストではどの科目も全員が終了時間前に答案を記入し終えてた。最後の国語も終了までに15分を残して全員が書き終えた。回答欄に未記入は無い。
「ほう、驚いたな。もう全員書き終わったのか」
 言葉とは裏腹に五十嵐は驚いた樣子もなく嬉しそうに笑った。
「頑張った甲斐はあったという事だな」

 それを聞いて、オレ達が勉強会をやっていた事を五十嵐は知っていたのかも知れないと思った。考えてみれば、自分たちは秘密裏にやっていたつもりだったけど、放課後遅くまで学校に残ってやっていたのだから教師に知れない訳がない。ひょっとしたら勉強している理由にも気付いていたかも知れない。

 答案用紙の回収も終わり、ホッとした雰囲気が漂う中、早速答え合わせを始める者もいたが、他の者は皆、赤い箱から取り出したオープンリールテープをテープレコーダーにセットし始めた五十嵐を、興味深げに見ていた。
 セットが終わると、五十嵐はゆっくりと全員の顔を見渡した。
「早く終わったから、時間まで寝ててもいいんだが……」
 聞いた途端、室田が机に顔を伏せたので五十嵐は、正直でよろしいと苦笑いした後で改まった顔をしてこう言った。

「よかったら、これを聴いてくれないか。これはね、ご褒美代わりと言っちゃ何だが、頑張った君達への、少し早い私からのクリスマスプレゼントだ」

 やはり知っていたのだ。皆、胸が一杯になってテープレコーダーを見た。一体どんなメッセージが録音されているのだろうか? 五十嵐が再生ボタンを押す。

 全く予期しなかった事に、テープレコーダーから流れてきたのは音楽だった。
 当時は、音楽はテレビやラジオかレコードで聴くものだと誰しもが思っていたし、教師が教室で、しかも試験時間中に生徒に音楽を聴かせるなんて思いもしなかったので、皆驚いて顔を見合わせた。
 だが、少し鼻にかかった甘い男性ボーカルが始まると、その歌声に聴き入った。
 室田も顔を上げている。
 初めて聞く曲に心を奪われた。

 曲が流れる中、英語が担当の五十嵐は黒板にこう書いた。

 White

 ビング・クロスビーのホワイト・クリスマスを聴いたこれが最初だった。

Bing Crosby - White Christmas (1942) Original Version

 曲が終わると「もう一回聴かせて下さい」と声が上がった。
 途中で終業ベルが鳴ったが、誰も席を立たずに聴き続けた。
 窓の外では、いつの間にか降り始めた雪が曲に合わせるように舞っている。

 肝心のテスト成績は、付け焼き刃でトップを取れるほど世の中甘くはなく、意気込みとは裏腹に学年3位で終わった。それでも、うちのクラスとしては、奇跡としか言えない驚異の順位だが、思った通りの成績を五十嵐にプレゼントする事は出来なかった。
 しかし、物ではないプレゼントを五十嵐に渡そうとして頑張ったオレ達に、五十嵐が物ではないお返しをしてくれた時、結果の如何にかかわらず、五十嵐はオレ達の思いを喜んで受け取ってくれたのだと思った。

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