※この記事はクリスマス用に書いていたのですがウッカリ掲載を忘れ、時期外れになってしまいました。時代は昭和40年代。相変わらずの過去譚で恐縮ですm(_ _)m
期末テスト最終日の朝は、テスト結果を暗示するかのように今にも雪が降ってきそうな灰色の空だった。その日も、迎えに来た親友の大竹と二人でいつもの様に登校した。
途中で、早朝からジングルベルを賑やかに流しながら走るムサシ屋の宣伝カーと擦れ違った。そうか、もうすぐクリスマスだ。
「ムサシ屋の赤パンツ♪安くて薄くてよく伸びる~♪」
ジングルベルに合わせて、この土地では知らぬ者が居ない替え歌を歌っていた大竹が突然立ち止まった。
「ムサシ屋はクリスマスっちゃあ毎年毎年馬鹿の一つ覚えでジングルベルしか流さんが、社長は他の曲を知らんのか。お前何か違う曲を教えてやれよ」
「そう言われたって、オレも直ぐには赤鼻のトナカイと聖しこの夜しか思い浮かばんなあ」
「聖しこの夜はいかんぞ。聴いたら、買い物を止めてお祈りしに家に帰りとうなるから、ムサシ屋は商売あがったりタイ」
「そんな馬鹿な事はいいから、急ごうぜ」
「おお、そうタイ。予習タイ」
いつもは二人ともテスト勉強とは無縁だったが、今回は特別の訳があった。
三十歳の五十嵐がクラスの担任になった時、まだ独身だった。が、結婚相手が居なかったのではない。女子が言うには「同性としてチョット憧れる」、男子から見ると「美女と野獣の取り合わせ」の国語の石田先生と長期恋愛中なのは公然の秘密だった。本当は二人は5年前に結婚している筈だった。しかし結婚しようとする度に五十嵐のご両親が相次いで亡くなったり、石田先生のお母さんが半身不随で倒れて看護したりして中々結婚する事が出来なかったのだ。
他クラスの口の悪い連中が、原因は五十嵐の不能らしいとか、石田は五十嵐を捨てて、とっくに別の男と結婚しているらしい、とか真しやかに口にするのを聞く度に躍起になって否定していた。なぜならクラスの皆が、質実剛健を絵に描いたような五十嵐が好きだったからだ。
その二人が、やっと結婚することになった。五十嵐から式の日取りを聞いた時、女子の中には涙ぐんでいる者も居た。
その日、久しぶりの放課後会が開かれた。
新学年になって直ぐの頃、クラスの誰かが他のクラスの生徒にカツあげされて困っているらしいと噂になった事があった。その時、本名は小隈だがクラスで一番身体が大きいので大熊と渾名されている学級委員長の呼びかけで放課後に全員が集まり、噂されている本人から話しを訊いた。最初は中々認めなかったが、それが事実だと判ると、直ぐにカツあげした生徒を教室に呼んで、直談判し二度とやらせない事にした。こんな事が出来たのは、多分この地域では番長格の室田が同じクラスに居たからだろう。それ以来、何か問題事があった時は放課後にクラスの全員が集まり、それを放課後会と称して話し合いで決めていた。
今回は問題事ではなく、クラスで何か結婚祝いをあげてはどうか?という話し合いだ。
当然、全員一致で賛成。だが、それを何にするかで男子と女子の意見は真っ二つに分かれた。
男子は、「五十嵐はコーヒー好きなので、皆で少しずつお金を出し合ってペアのコーヒーカップを買い、それに寄せ書きを添えて渡す」という大熊の意見に、全員が賛成した。
それに対し女子は、様々な苦難を乗り越え、ようやく結ばれた二人に、軽々しくお金で買ったモノをあげるなんて絶対にダメだと言い張った。女子にとって二人はメロドラマの主人公に見えているらしい。簡単に手に入るモノではなく自分たちで努力して手に入れたモノをあげたいと言う。単にお金を出したくないからじゃないのかと男子が揶揄し、努力して手に入るものって何だ?と聞いても、先生が本当に喜んでくれるモノというだけで具体的な答えが出ない。
その時、それまで話しに加わらず離れて座っていた室田がポツンと言った。
「先生が一番喜ぶ事は生徒の成績が上がる事だろう」
今はそんな話しをしているのではないと皆がブーイングをあげる中、「それよ!」と井上の声がした。
自慢じゃないが、我がクラスの試験成績はいつも、10クラスある学年中で下位を維持していた。
「だから学期末試験でトップを取り、それをお祝いとしてあげる」
井上はとんでも無い事を言い出した。
うちのクラスが学年トップを取るなんて、クラス全員が死ぬほど努力しても無理だろう。
「だからやるのよ!だから意味があるのよ!」
井上を始めとして、女子の目がキラキラと輝いている。
まさかと思った男子も井上の話を聞いている内に段々目が輝きだし、あれよあれよという間に、トップの成績がお祝いと決まってしまった。
流れとは恐ろしいモノで、戦争が始まる時もきっとこんな感じなんだろうなと、その時ぼんやりと思った。
「よし、そうと決まったら計画を立てるぞ。特に担当科目の英語と国語は満点を目指す!」
大熊までもが、己の意見を忘れ無茶苦茶な事を言い出した。
早速、クラス全員を成績順にグループ分けし、得意科目を持つ者がそれを不得意とする者に教える方法で、今日から休憩時間や放課後に勉強することになった。試験が終わるまでクラブ活動も休みだった。
最初は嫌々だったが、始めてみると憧れていたひとから数学を優しく教えて貰えたりして、実は案外と楽しかった。勉強が楽しいと思ったのはこの時だけだった。
クラスは活気に満ちていた。
その期末テストも今日で終わる。最終科目は国語だ。全員の顔に緊張感が漂っている。
始業ベルが鳴ると同時に
「よっしゃ、最後じゃけん気合い入れていくぞ!」
大熊が声を掛けた。
皆無言で頷き、それに応える。全科目高得点は到底無理だが、この科目と英語だけは絶対に高得点を取るとクラス全員で誓った。
緊張感が更に高まり、教室内は水を打った様に静まりかえった。
だが、教室に入ってきたのは担任の五十嵐だった。試験の時に担任が自分の教室を見る事など今まで一度もなかった。
「なんで?」「どうして?」
教室内が俄に騒ついた。
騒ついた理由はもう一つあった。五十嵐は試験問題と一緒にスーツケースの様なモノを重そうに提げてた。
「あれは何?」
副委員長の井上さつきが隣の席から訊いてきた。

五十嵐が提げていたのは、ソニーのTC-777。
通称スリーセブンと称ばれたオープンリールのテープレコーダーだ。
この学校には過ぎたる備品だが、価値を知らない馬鹿どもが体育祭や文化祭で乱暴に扱うので、アルミダイキャストのカバーは傷だらけになっていた。五十嵐はそれを教員机の上に、いやー重かったと言いながら置いた。
「それ、試験に使うんですか?」
誰かが訊いた。
五十嵐はニヤリと笑い
「いや。これは……まあ、後のお楽しみだ。さあ問題を配れ」
最後のテストが始まった。
いつもなら最後の最後まで粘って答案を書き、それでも未だ書き終わらない者が半数以上居るのに、正解しているかは別にして、今回の期末テストではどの科目も全員が終了時間前に答案を記入し終えてた。最後の国語も終了までに15分を残して全員が書き終えた。回答欄に未記入は無い。
「ほう、驚いたな。全員書き終わったのか」
言葉とは裏腹に五十嵐は驚いた樣子もなく嬉しそうに笑った。
「頑張った甲斐はあったという事だな」
頑張った理由を知っている口振りだった。
勉強会は秘密裏にやっているつもりだったのだが、校内でやっているのだから教師に知れない訳がない。勉強している理由も知っていたのかも知れない。
答案用紙の回収も終わり、ホッとした雰囲気が漂う中、早速答え合わせを始める者もいたが、他の者は皆、テープレコーダーの電源コードとリールをセットし始めた五十嵐を、興味深げに見ていた。
セットが終わると、五十嵐はゆっくりと全員の顔を見渡した。
「早く終わったから、時間まで寝ててもいいんだが……」
聞いた途端、室田が机に顔を伏せたので五十嵐は、正直でよろしいと苦笑いした後で改まった顔をしてこう言った。
「よかったら、これを聴いてくれないか。これはね、ご褒美代わりと言っちゃ何だが、頑張った君達への、少し早い私からのクリスマスプレゼントだ」
やはり知っていたのだ。みんな胸が一杯になって、テープレコーダーを見た。
全く予期しなかった事に、テープレコーダーから流れてきたのは音楽、それもポピュラー音楽だった。
当時は、音楽はレコードで聴くものだと誰しもが思っていた。しかし、学校で教師が生徒にポピュラー音楽を聴かせるのは校則に反するのではないか。それもテスト時間中に。みんな驚いてヒソヒソと囁き合った。
だが、少し鼻にかかった甘い男性ボーカルが始まると、そんな事は忘れて歌声に聴き入った。
室田も顔を上げている。
初めて聞く曲に心を奪われた。
曲が流れる中、英語が担当の五十嵐は黒板にこう書いた。
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