(11) センサラウンド
登場する人物、団体名は仮名です
同期生、後輩、嫌な先輩の敬称は略してあります

「おい! ホンマに揺れるんやて! お前ら信じるか?」
 日曜の午後、部屋でのんびりしていると高木さんが飛び込んできた。
 しかし例によって話が全く見えない。
「ふーん、そりゃ良かったな」
 ベッドの上で本を読んでいた本間さんは、相手をするのが面倒で、顔も上げずに生返事する。
「冷たいやっちゃなー、何が揺れるのか訊いてくれよー」
「あーもう、何が揺れるんだ? ほら訊いてやったから早く言え」
 高木さんが言うには、『映画館が揺れると評判のパニック映画を見に行ったら、ホントに映画館が画面に合わせてガンガン揺れ、肝を冷やした』と言う話を映画を見た人から職場で聞いてきたそうで、高木さんはそれが半信半疑なのだ。
「あー、もう。だからそれが、どうだっての?」
「だから、どうやって映画館を揺らしとるんや? それが不思議なんやて」
「それ、センサラウンドとかいうやつじゃない?」
 映画雑誌か何かで読んだ記憶がある。
「なんじゃそりゃ?」
 センサラウンドってのはね→コレ
 機械的に座席を揺らしていたと思っていたら、スピーカーからの振動だと分かって高木さんが本間さんに訊く。
「だったら、オレのステレオでもやれるんじゃないか? 無理か?」
「いや、そんな事はないぞ。お前のステレオ、パイオニアのセパレートだろう? あれならやれるんじゃないか。スケール小さいけど。試してみるか?」
 こんな事を振られて高木さんが乗らないはずがない。
「おう! しかし、その20ヘルツやらいう音はどうするんだ? 音どこにもないだろう」
「問題はそれだね、音がないから無理だよ」
「音ならそこにあるじゃんか」
 本間さんがコンセントを指さす。
 電気は60ヘルツだから、テープに録音して半速で再生したら30ヘルツ。20ヘルツではないが、それなりの効果は出るんじゃないかと言う。電気! そんな事思いもつかなかった。考え方が違うというのか、目の付け所が違うというか、本間さんには本当に感心させられる。常識的なことは駄目だけど、こんな事には非凡なんだなー。
「電気なんか録音出来んやろう、そんな事したら、テープデッキが壊れてまうぞ」
 こっちは凡な高木さん。
「大丈夫だよ、チョット待ってろ」とベッドの下からガラクタ箱を引っ張り出し、見てる間に電気プラグをつけた部品を作ってコンセントに差し込みデッキに繋いで録音を始めた。
「ホウ、たいしたモンやな~。電気さわれる奴尊敬するわ」
 どうでもいい事だけど、この時本間さんが持っていたSONY製のオープンリールデッキがTC-6040TC-4860かどちらか思い出せない。購入できる金額からするとTC-6040かな? しかし8ミリ映画の同録テープを作る時に借りたら3ヘッドだったからTC-4860かも知れない。あるいはTEAC製? 今となっては確認のしようがないけど。

 録音が終わるまで高木さんのどうでもいい話に付き合わされる。
「隣の部屋の幸田、毎日暗い歌ばかり聴いているからこっちまで気が滅入ってしまう」が、まさか暗い歌だから聴くなとも言えず、歌が聞こえてくると忌々しく思っていた。だから隣から曲が聞こえ始めたら、コレを流して「地震や言うて騒いだら隣の馬鹿ビックラこくぞ」
 どこをどう繋いだら話がそこへ行き着くのか分からないけど、そんなことで人を驚かすのは良くないと思うよ。面白そうだけど。いや、多分……絶対面白い。

 そんな話をしている間に録音完了。
「じゃあ、行くか」
 早く始めたい高木さんは、自分でデッキを担いで足早に自室に向かう。
 高木さんの隣の部屋の前を通ると、中からレコードに合わせて調子っぱずれで一緒に歌う幸田さんの歌声が聞こえてくる。
「ほーら、な、まーた暗い歌聴いとる」
 え? 暗い歌ってコレ? コレならオレも好きなんだけど、とは言えなくなってしまった。

夕暮れ時はさびしそう NSP(1974)

 部屋に入った高木さんは、待ちきれずに自分からステレオの前に座り込んでデッキをセットする。
 それを見ながら、オレは本間さんにそれとなく袖を引かれドアの横に立った。この時は、大きな音を避けるためにステレオから離れたと思っていたが、この後に起こったことを考えると、違う気がする。
「よし、でけた。待っとれよ、今ビックリさせたる」
 ほくそ笑みながらステレオの電源を入れ、テープを回してボリュームを上げる高木さん。

 しかし、音が出ない。

「20ヘルツやから聞こえんのとちゃうか?」
「30ヘルツだよ、聞こえるって。それより、ちゃんとデッキのコード繋いだのか?」
 少しムッとした顔で、間違いねえ繋いである、だけど音が出んのや、と言いながら更にボリュームを上げていったが、途中でアッ! と叫ぶ。
「すまん。入力切り替えるのコロッと忘れとったわ」
 照れ笑いを浮かべた高木さんは、止める間もなく、カチャッとファンクションスイッチをAUXに切り替えた。
「エッ! チョット待て! ボリューム!」本間さんと二人で叫んだその瞬間、506号室を震源とする大地震が男子寮を襲った。

 慌てた高木さんは、スイッチを切るのを忘れ、回転しているテープリールを手で止めようとする。本間さんが手を伸ばして電源ケーブルをコンセントから引き抜いた。とっさの場合でも、自分のデッキじゃなくて、高木さんのステレオのケーブルを抜いたのは、冷静というか、さすがというか……。
 スピーカーは壊れなかったが、506号室には大音量の重低音に魂消た怒り満面の先輩寮生が次々と押しかけ、巨大な雷が止むことなく落ち続けた。
 あ、本間さんはオレを引きずりながら素速く逃げ出したので、落雷は高木さんが一身に受けた。

15 Hz - 22050Hz . Hearing Test

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