(4) 裏庭
登場する人物、団体名は仮名です
同期生、後輩、嫌な先輩の敬称は略してあります

マジンガーZ OP(1972)

 何度も振り返りながら帰っていく相原の後ろ姿を見ながら、自分から先に「じゃあな」と言ったのを少し後悔した。せっかく会えたのだからホントはもう少し話していたかった。それはオレの勝手な願いだけど。
 と、その願いが通じたかのように裏門通りに出ようとした相原が塀の手前で立ち止まり、すぐに引き返してきた。
「どうした?」と側に行って尋ねる。
「裏門にね、会社の人達がいるの」
「え?」
「ダメ! 顔を出さないで」
 腕を捕まれて引き戻されながら塀の陰から覗くと、さっきまでは誰もいなかった裏門に、いつの間にか十数人の社員が、手に手に大型の懐中電灯を持って集まっている。夏場の痴漢被害防止のため役職者で組織されている防犯パトロール隊だ。
 しかし本格的にパトロールが始まるのは毎年七月からで、まだ少し早い。何か事故でもあったのか?
「あの中に多田野さんがいるの」
 多田野さんというのは相原の上司で、設置工事の時に会ったから知っている。長身なので一団の中で頭一つ出ているのが遠くからでもよく分かる。
「多田野さんがどうかしたのか? 主任だからメンバーだろう」
「でも、今ここで顔を会わせるのは、チョット……」
 口ごもって、その先を言わない。
 そうこうしてる内に、パトロール隊はガヤガヤと話しながらこちらに向かって歩き出した。
「えーっ、やだ。どこか隠れるところない?」
 隠れると言っても、空き地だからそんな所はない。強いて言えば少し離れている奥の社宅くらいか。

7

 いきなり相原に手を捕まれた。
「お願い、一緒に来て!」
  先に走り出した相原に手を引かれる格好で社宅まで行き、急いで板塀の陰に身を隠したのと入れ替わりで、裏門通りにパトロール隊が姿を見せた。まさに際どいタイミングだった。 
「一人じゃ怖いからあの人達が行ってしまうまで、一緒にいてくれる?」 
「いいけど、何でそんなに多田野さんと顔を会わせたくないんだ?」
「うん……」
 相原がばつが悪そうな顔になる。
「わたし、今日はおなか痛くて寝てる事になってるの」
 成る程、生理痛だからとズル休みしてホントはデートしてたって事か。
「あーん、そんな顔で見ないでよ、これには訳があるんだから」
 あのね、と言い始めた相原の声が急に止まった。
 相原の視線を追って振り返ると、パトロール隊は、空き地を横切ってこちらへ来る。
「嘘でしょう、どうしてこっちに来るの?」
「分からない。とにかくここはマズイ。もう少し奥に行こう」
 相原の手を引いて奥へ移動した。
 すると、社宅の前まで来たパトロール隊は、そこで立ち止まり、一人が男子寮への通路に立ち、残りは左右に別れて手前の社宅から一軒ずつ調べ始めた。
 裏庭へ入る木戸をガタガタと揺すっている音がここまで聞こえてくる。
「ねえ、どうしよう。あの人達ここにも来るよね?」
「多分……」
 チョットだけ隠れるつもりが、そうはいかなくなってしまった。
「わたしが変なこと頼んじゃったから、ごめんね。もういいからあなたは今の内に男子寮に帰って。これ以上わたしと居たら、あなたにまで迷惑をかけちゃう」相原が泣きだしそうな顔で言う。
「こんな所に居るのをあの人達に見られたら、わたしが何を言っても信じてくれないわよ」
 相原の言う通りだ。夜遅くに女の子とこんな所にいて何もしていないと言っても、俄には信じてもらえないだろう。一旦疑われたら潔白を証明することは不可能だ。きっと面倒なことになる。だからどうしたと開き直る事などは思いもよらず、とにかくこの時は二人とも「見つかりたくない」それしか頭になかった。
 心配してくれている相原には悪いが、オレは誤解されてもいいけど、と一瞬思ってから首を振った。
「何言ってんだよ」
 こんな所に相原を一人で置いては行けない。それに、今ここを出たら、男子寮への通路で仁王立ちしている社員に見つかってしまう恐れがある。
 どうすればいい。焦れば焦るほど何も考えられなくなる。それでも眼だけはパトロール隊の動き追っている。
 見ていると、パトロール隊は裏木戸の施錠だけを確認しているようだ。鍵が開いていれば裏庭に入っているが、鍵が掛かっていればこじ開けたりはしていない。
 念のためにもう一度見て確認する。間違いない!
「裏庭に隠れよう。中から鍵が掛かっている所は、パスしてる」
「本当に大丈夫? 絶対見つからない?」
 絶対にとは言えない。しかし、裏庭にいても、ここにいても見つかれば同じ事だ。
 迷っている暇はない。うん、と頷いた相原が裏木戸に手を伸ばす。
「そこは鍵が掛かっているから開かない」
 社宅の解体が決まった時、工作科で全戸の現状調査をした。その時、裏木戸の鍵がどうなっているのかはオレが調べたから今でも頭に入っている。
 記憶が正しければ、鍵が掛かっていないのは、今パトロール隊がいる近くの西61と西65、西38、それと一番奥、女子寮の塀側の西11と西12の五軒だけだ。相原の手を引いて、一番奥の社宅へ向かった。

 ここの裏木戸はどちらも鍵が掛かっていない。どっちにしようかと一瞬迷ったが、近い方の西11の裏木戸をそっと開き、誰も居ないのを確認して、相原に入るように言った。裏庭には折れた物干し竿やビールケースが散乱している。
 引き返して西10の蔭から覗いてみると、パトロール隊はすぐ近くまで来ていた。
「早く入って」
 後ろから相原が囁いた。
 急いで中に入り、裏木戸のカギを下ろそうと手を伸ばした。
 同じように手を伸ばした相原と顔を見合わせた。金属製の鍵とそれを止めているネジ釘が錆びてボロボロになっている。
 頼むから外れないでくれよ。祈るような気持ちで鍵をかける。
 人声が近づいてきたので相原を引き寄せ、急いで縁側の隅にしゃがみ込んだ。相原を背中に隠すようにして裏木戸の鍵に目を凝らす。
 板塀の間からチラチラと懐中電灯の明かりが漏れてきた。
 突然、ガタガタと裏木戸が激しく動いた。鍵は今にも外れそうだ。相原が背中にしがみつく。
「ここもカギが掛かっているな。玄関はどうだ?」
 直ぐ近くで声がした。
 まさか! 玄関まで調べていたのか。ここの玄関がどうなっていたかまでは記憶に無い。もし開いていたら……。
 二人とも凍り付いたように動けなかった。

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