(13) 地上最強の目覚まし時計
登場する人物、団体名は仮名です
同期生、後輩、嫌な先輩の敬称は略してあります

「ありゃ? 高木、お前どうしたんよこんな時間に」

 朝、本間さんと二人して洗面所から戻る途中で階段を駆け下りてくる高木さんと鉢合わせた。高木さんは今週早番なので、朝五時出勤だから今の時間では遅刻だ。
「見て分からんか、見て。お前も頭悪い奴ちゃなー」
 ものすごく不機嫌な顔で言った。こんな時でも憎まれ口を叩くのが、いかにも高木さんらしい。
「そういうお前も好きだなー遅刻するの。目覚まし時計くらい買えよ」
「そんなもん売るほど持っとるわい。けどベルの音が聞こえんからしゃあねえやろ」
 話が情けなくなるのも、高木さんらしい。
「ね、もう行った方がいいんじゃない?」
「そや、こんな事しとれん。馬鹿と付き合うとるヒマないわ。じゃあな」と、バタバタと廊下を駆けていく。

 朝こんなやりとりがあったその日の夜。
 何時ものように高木さんが部屋にやってきた。高木さんと本間さんは同期同郷なので、仲がいい。それにオレが本間さんと同室になったので、最近は入り浸りだ。
「だからよー、それが聞こえんのやて」
「だったら目覚まし買う前に耳鼻科行けよ」
 遅刻の話の続き。
 大きな音の目覚ましを何個買っても、ベルの音が聞こえないと言う。
「それって、無意識でベルを止めて、また寝ちゃってるんじゃない?」
「そうかも知れんな」
「いや、絶対そうだって」
「そういうお前達はよ、チャンとベル聞こえとるんか?」
「お前と違って俺達マトモだし、ベルの代わりにピンポンパン体操に起こされるから。な」
「うん、嫌でも体が動いて起きるよ」
「へ?」
 デジタルなんてないこの時代、電気式のタイマーは高価で手が出ない。かと言って機械式のタイマーは、精度に問題あり、って言うか炊飯器用の12時間タイマーさえも簡単に手に入らなかった。家電量販店もコンビニも何もない時代ですから。
(昔はこんなタイマー)
Timer_1
(今では同じものがネットですぐ買える)
Timer_2

 

そこで本間さんは、目覚まし時計のベルを叩くハンマーをオンにするレバーを電気接点に利用してタイマーを自作した。
 で、ピンポンパン体操を録音したカセットテープをラジカセにセットして再生状態にしておき、コンセントを目覚まし改造タイマーに差し込んで寝る。朝になると

ピンポンパン体操(1971)

 で、目が覚める。

 それを聞いた高木さんは、目覚まし時計を眺めて一頻り感心した後で、  
「これエエな、ワシにも作ってくれや、金出すから」
「どんな目覚ましでも出来る訳ではないんよ。ベルを叩くハンマーをストッパーで止めてるんやけど、時間が来て解除するのは、円盤式じゃなくてレバー式でないと。持ってるかい?」
 チョット待て、と手で本間さんを制して、脱兎のごとく部屋を飛び出した高木さん、すぐに段ボール箱いっぱいの目覚まし時計を抱えて戻って来た。
「これはまた……」
 本間さんは、数の多さに呆れながらも一つ一つ手にとって見る。
「ワシ、これがエエんやけど」
 高木さんが黒地に金の装飾が施されたズッシリと重そうな目覚まし時計を持ち上げる。他のものはプラスチック製の筐体で安っぽいが、これは金属製で高級品に見える。実際高かったらしい。
 裏蓋を外してみると、ストッパー解除はレバー式になっている。あー使えるぞと、早速本間さんは改造に取り掛かる。
「ドリルで穴あけるけどいいか?」
「オウ、何でも好きにやってくれ」
 と感心しながら見ている高木さんにチョット聞いてみる。
「あれ? 高木さんラジカセ持ってたっけ?」
「もっとらん。そやからステレオを繋ぐ」
「え〜っ、まさかあの20ヘルツを流す気じゃないよね」
「そんな事するかい! あんときゃエライ目に遭うたからな。お前らサッサと逃げてまうし」
 本間さんと苦笑いする。
 裏蓋に穴を開けた後は、あっという間に改造が完了した。
 どれどれ、と言いながら本間さんが動作確認のため5分後くらいに時間をセットしてラジカセに繋ぎ、コンセントに差し込む。
 約5分後、ベルの音と共にピンポンパン体操が流れ始める。
「よし、OK」と、本間さんはテープを止めてラジカセの電源を切り、コンセントからコードを抜いて目覚まし時計を渡しながら「しかしお前、このベルが聞こえんて、いっぺんその耳医者に診てもらったほうがいいぞ」
「うるせえ、ほっとけや」と、改造目覚まし時計を段ボール箱に入れ、「サンキューな、給料入ったら金払うから」と段ボール箱を抱えてそそくさと自分の意部屋へ戻っていった。

 その翌日……。
 仕事から帰ってくるのを待ち構えていたように高木さんが部屋にやってきた。手には昨日の目覚まし時計を持っている。
「おい、お前! オレを殺す気か!」
 手に持った時計を本間さんに突きつける。
「はあ?」 
 作業ズボンを脱いでGパンに穿き替えていた本間さんはナンノコッチャと訊き返す。
「目覚まし鳴らんかったんか?」
「鳴ったわい! 鳴ったから死ぬ目に遭うたんや!」
 話が見えない。
「どうして時計で死ぬんだ?」
「あのな、よう聞けよ─」昨夜、ステレオのFMチューナーをオンにして音量を確認した後、持って帰った時計にステレオの電源コードを差し込んで時間を4時30分にセットし、これで遅刻とオサラバだと安心して寝た。
 そして今朝。セットした時間にFMラジオが鳴って目覚めた。
「問題ないじゃないか」「有る! 大有りじゃ!」
 目は覚めた。耳元のベル音が五月蝿いので止めようと布団から手を伸ばした。手探りで時計のボタンに触った。その瞬間!
 腕に強烈な電撃が走り、悲鳴を上げて飛び起きた。
「感電したんや、感電。この時計に電気が流れとったんや。殺人時計や」
「はあ? 何で」
 目覚まし時計を手にとった本間さん「あっそうか」と声を上げる。
 本間さんの改造目覚まし時計は筐体がプラスチック製だが、高木さんのはオール金属製。
「だから、スイッチが入ると筐体にも通電するんだ。そらあビックリして飛び起きるわな」いやー全然気が付かんかったわ、とククっと笑いながら目覚ましを返す。
「笑い事じゃねえぞ。死んだらどうするんや」
「大袈裟な、100ボルトくらいじゃ死なんよ。痺れても肘くらいまでだろ」
「電気で死なんでも、びっくりして心臓麻痺で死んでまうわぃ」
「悪かった悪かった。チョット待ってろ、着替えたらシールドしてやるから」
「だけど、せっかくバッチリ起きれたんだから直さないでそのまま使ったほうがいいんじゃない?」
「お前なー、人事だと思って面白がっとるだろう」

 結局、感電しないように絶縁加工してもらったけれど、感電したトラウマで、ベルが鳴ると(ステレオを鳴らさなくても)一発で目が覚めるようになったそうだ。

 めでたしめでたし。

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